高松高等裁判所 昭和59年(行コ)2号 判決 1986年9月30日
控訴人 宗石次男 ほか五四名
被控訴人 大栃営林署長 ほか一名
代理人 武田正彦 清末昭宏 徳弘至孝 ほか一一名
主文
本件各控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
(当事者の求めた裁判)
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人大栃営林署長が昭和四七年九月二九日付で別紙(一)控訴人目録の控訴人番号1ないし53記載の各控訴人に対してなした別紙(二)処分事由等一覧表の処分欄記載の各懲戒処分を、いずれも取り消す。
3 被控訴人高知営林局長が昭和四七年九月二九日付で別紙(一)控訴人目録の控訴人番号54、55記載の各控訴人に対してなした別紙(二)処分事由等一覧表の処分欄記載の各懲戒処分を、いずれも取り消す。
4 訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人らの負担とする。
二 控訴の趣旨に対する答弁
主文同旨。
(当事者の主張、証拠)
次のとおり補正、付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。
一 補正<略>
二 新たな主張
1 控訴人ら
(一) 控訴人らは昭和五七年度の人事院勧告凍結等により代償措置が有効に機能しなかつたので、名古屋中郵判決は、その合憲性が失われたと主張したが、原判決は、昭和四七年当時人事院勧告の完全実施が定着し、本件各スト当時に代償措置の制度が機能していなかつたといえないから、名古屋中郵判決の意義は少しも失われていないというべきであつて、控訴人らの主張は採用の限りでないとし、名古屋中郵判決に追従した。
(二) 公労法一七条一項を合憲とする名古屋中郵判決は、五(四)現業及び三公社の職員につき、勤務条件決定の面からみた憲法上の特殊地位、市場における抑制力等の面から見た社会的、経済的関係における特殊性、職務の公共性、代償措置の整備から出た結論である。
(三) 職員の生存権擁護に欠けないというためには、代償措置が法的に整備され、そのうえ、その実行性が担保されなければ代償措置は整備されたといえない。
(1) 人事院給与勧告の実施状況は、別紙(三)のとおりである。
なお、人事院は、昭和五九年八月一〇日、公務にあつては行政職、民間にあつては、これに相当する職種の職務に従事する者との較差は平均一万五五四一円(六・四四%)あるので、これを埋めるための給与改定を行うことが必要であるとして、勧告を、内閣、国会に行つた。内閣は、同年一二月一一日、国家公務員給与を四月にさかのぼり平均八一三八円(三・三七%)引き上げることに決定し、給与関係法案を、国会に提出した。
(2) 一般職の国家公務員の給与が、民間準拠ならば、諸手当も、民間準拠にすべきであり、国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法(以下「給特法」という。)三条もその旨を明示している。
一般職の職員の給与に関する法律(以下「給与法」という。)一九条の三において期末手当が、三月一日、六月一日、一二月一日に一定率で支給されることが法定され、同じく一九条の四において、勤勉手当が六月一日、一二月一日に一定の率で支給されることが法定されている。
(3) 三公社四現業の職員の諸手当は、給特法により国家公務員、民間事業の従業員のそれに準拠すべきである。
全林野労働組合では、林野庁との間で、<1>昭和五六年六月五日に同五六年度における夏期手当の支給に関する協約、昭和五六年一一月二八日に同五六年度における年末手当支給に関する協約、昭和五七年三月二九日に同五六年度における年度末手当支給に関する協約を、<2>昭和五七年六月五日に同五七年度における夏期手当の支給に関する協約、昭和五七年一二月一三日に同五七年度における年末手当の支給に関する協約、昭和五八年三月三一日に同五七年度における年度末手当の支給に関する協約を、<3>昭和五八年六月一八日に同五八年度における夏期手当の支給に関する協約、昭和五八年一二月七日に同五八年度における年末手当の支給に関する協約、昭和五九年三月三〇日に同五八年度における年度末手当に関する協約を、<4>昭和五九年六月一六日に同五九年度における夏期手当の支給に関する協約を、それぞれ締結し、各手当の支給を受けた。
右各支給は、別紙(四)のとおり減額しているのであり、人事院勧告、仲裁々定は代償措置たりえないことを示すものである(林野庁は赤字であるが、控訴人らが従事する現場の経営は黒字である)。
(四) 結局、名古屋中郵判決は代償措置が整備されていないのに、整備されたと誤認し、公労法一七条一項を合憲としたものであり、原判決には名古屋中郵判決に追従した違法がある。
2 被控訴人ら
(一) 国家公務員の給与、諸手当の決定
(1) 一般職の国家公務員の給与は、国家公務員法(以下「国公法」という。)六二条において、給与の根本基準が定められ、同法六四条二項において、「……生計費、民間における賃金その他人事院の決定する適当な事情を考慮して定められ……」と規定され、同法二八条一項では、「……国会により社会一般の情勢に適応するように、随時これを変更することができる。……」旨定められているところである。
その趣旨は、国家公務員の給与については、国会が、人事院勧告を受けて、民間給与、物価、生計費等の諸情勢の変化を考慮して、国政全般との関連において総合勘案のうえ、社会一般の情勢に適応するよう給与を決定するというものであり、公務員の給与が、「民間準拠」のみによつて決定されるものではないのである。このことは諸手当についても同様であり、これら給与決定の精神を踏まえ決められるものである。具体的には、給与法により定められ実施されているところである。
(2) また、国有林野事業に従事する職員については、給特法によつて給与法の適用が除外され、公共企業体等労働関係法(以下「公労法」という。)八条によつて、給与等労働条件については公共企業体等と組合の団体交渉の対象事項とされ、これら労働条件に関する労働協約を締結することができることとされている。しかしながら、この給特法自体において、「職員の給与は、一般職の職員の給与に関する法律の適用を受ける国家公務員及び民間事業の従業員の給与その他の事情を考慮して定めなければならない。」(同法三条二項)と規定し、また、「職員のうち国の経営する企業の業務を遂行するために恒常的に置く必要のある職に充てるべき常勤の職員に係る給与準則については、その給与準則に基いて各会計年度において支出する給与の額が、その会計年度の予算の中で給与の総額として定められた額をこえないようにしなければならない。」(同法五条)との制限が設けられており、更に公労法も「公共企業体等の予算上又は資金上、不可能な資金の支出を内容とするいかなる協定も、政府を拘束するものではない。又国会によつて所定の行為がなされるまでは、そのような協定に基いていかなる資金といえども支出してはならない。」(同法一六条一項)との制限を設けている。
(3) これらの制限は、公共企業体等の職員の給与決定に関する極めて重大な制約であつて、公共企業体等の職員の賃金に関する労働協約締結のための団体交渉も決して無制約なる交渉が許容されるものではないことを示しており、前記給特法三条二項の規定により非現業の公務員及び民間事業の従業員の給与その他の事情を考慮しなければならないのであるから、国有林野事業に従事する職員の給与、諸手当についても、「民間準拠」のみをもつて決定されるものではないのである。
なお、国有林野事業に従事する職員の給与等を決定する際考慮されるその他の事情の一つとして国有林野事業の財政事情があるが、この財政事情とは、控訴人らの所属する営林局署単位の財政事情を意味するものではなく、国有林野事業特別会計全般の財政事情をいうのであり、当然のことながら、従前からこの方法がとられてきているところである。
(4) 期末手当は、毎年その都度一般公務員、民間その他の諸情勢を総合勘案して、団体交渉により支給額、支給方法が決定され、協約が締結されてきているのであつて、恒久的な支給額、支給方法となつているものではないので、減額していることには当たらない。
なお、新賃金に関する仲裁裁定は、基準内給与(賃金)に対してなされており、したがつて、基準内給与(賃金)の引上げに限定した効力を有するにとどまるものであるところ、基準内給与(賃金)については、従来から完全に実施されてきているところである。
(二) 人事院勧告、仲裁裁定と代償措置
(1) 現行法制上、公務員の勤務関係についての代償措置が憲法の要請に沿うものか否かについて検討してみるに、国公法は、身分、任免、服務、給与その他の勤務条件について周到詳密な規定を設け、中央人事行政機関として準司法機関的性格を有する人事院を設けている。殊に公務員は、法律によつて定められる給与準則に基いて給与を受け、その給与準則には俸給表のほか法定の事項が規定される等、いわゆる法定された勤務条件を享有し、人事院は、公務員の給与、勤務時間その他の勤務条件について、いわゆる情勢適応の原則により、国会及び内閣に対し勧告又は報告を義務付けられている。また、公務員たる職員は、俸給、給料その他の勤務条件に関し人事院に対しいわゆる行政措置要求をし、もし不利益な処分を受けたときは、人事院に対し審査請求をする道も開かれているのである。
このように、国家公務員は、労働基本権に対する制限の代償として、現行法上よく整備された生存権擁護のための関連措置による保障を受けているのである。
(2) また、名古屋中郵判決は代償措置について、三公社・五現業の職員に関しても妥当するものとして「公労法は当局と職員との間の紛争につき、あつせん、調停及び仲裁を行なうための公平な公共企業体等労働委員会を設け、その三五条本文において、「委員会の裁定に対しては、当事者は、双方とも最終的決定としてこれに服従しなければならず、また、政府は、当該裁定が実施されるように、できる限り努力しなければならない。」と定め、さらに、同条但書は同法一六条とあいまつて、予算上又は資金上不可能な支出を内容とする裁定についてはその最終的な決定を国会に委ねるべきものとしているのである。これは、協約締結権を含む団体交渉権を付与しながら争議権を否定する場合の代償措置として、よく整備されたものということができ、右の職員の生存権擁護のための配慮に欠けるところがないものというべきである。」と判示しているところである。
さらに、代償措置の憲法上の性格からすると、適正になされた人事院勧告及び仲裁裁定は国会において尊重されるべきものであるが、現行法制上、右勧告及び仲裁裁定は完全に実施されることまで保障されているものではないのである。
(3) 公務員の労働条件の決定は、国の財政や政策の決定に重大な影響を有するものであることからして、最終的には国会によつてなされるべき性質のものである。そして、国政の運営について国民に対して直接の責任を負わない人事院その他の機関に、国会をも拘束するような機能を与えることは、民主主義的な法律制度上許されないものというべきであり、この代償措置としての人事院勧告に右のような機能を要求することは、民主主義的な制度のあり方を正当に理解していないものである。
また、右勧告等をどのように取扱うかは専ら立法府たる国会の裁量判断に属し、究極的には国会の政治的責任において決せられるべき問題であるというべきである。そうだとすれば、以上の代償措置制度全体の構成、その一環である人事院勧告制度及び仲裁裁定制度の仕組みによれば、国会の財政需要に関する裁量判断の結果、人事院勧告及び仲裁裁定の全部又は一部が実施されない事態が生じたとしても、このことから直ちに代償措置制度が機能していないということにはならない。
(4) 現行法上、人事院勧告は内閣や国会に対して法的拘束力はなく、人事院勧告が勧告どおり実施されない場合もあることは当然法の予想しているところである。
ちなみに、本件各争議行為が行われた昭和四七年当時は、人事院勧告の完全実施が定着し、仲裁裁定も昭和三一年以来の完全実施が継続していた情勢下にあつたことからしても、名古屋中郵判決の意義は少しも失われていないというべきであり、控訴人らの主張は合理性を欠くものである。
以上述べてきたように、代償措置たり得ないなどとする控訴人らの主張は、いずれも失当である。
三 証拠<略>
理由
一 当裁判所の判断は、次のとおり補正、付加するほか、原判決理由説示と同一であるから、これを引用する。
1 補正<略>
2 控訴人らの新たな主張について
(一) <証拠略>によれば、昭和五九年度の国家公務員給与の改訂に関する人事院勧告は、同年四月一日から平均六・四四パーセント(一万五五四一円)の引上げとなつていたのに対し、内閣提出の給与関係法案では、同年四月一日から平均三・三七パーセント(八一三八円)となつており、昭和五八年度に引き続き人事院勧告の一部削減実施となることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二) <証拠略>によれば、国有林野事業に従事する職員の期末手当の支給状況は、昭和五五年度における合計四・九箇月分に比し、翌昭和五六年度における合計四・八九箇月分を初めとして、昭和五七年度における合計四・四八箇月分をピークに、昭和五八年度における合計四・五二箇月分、昭和五九年度における四・五三箇月分と、いずれも落ち込みを示していることが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) 以上のような、昭和五七年度をピークにその後昭和五九年度にかけての、人事院勧告実施の全面凍結、一部削減実施や、国有林野事業に従事する職員の期末手当の落ち込みは、先に引用した原判決理由第三の三説示のとおり、未曽有の危機的財政事情を反映したもので、このような異例の場合をもつて、代償措置につき、十分に機能しておらず、結局整備されていないことに帰するとするのは、速断のそしりを免れない(右期末手当の支給に関し、財政事情とは、国有林野事業特別会計全般に関するものであつて、控訴人らの所属する現場単位のものではない。)。
なお、控訴人らは、右給与等が民間準拠であるべき旨主張するけれども、国家公務員給与の改訂等に関しては、それが国家、社会の各方面に多大の影響を及ぼすものであることにかんがみると、民間給与が重要な決定要素となる性質のものであることはもちろんであるが、これのみによるべきではなく、その他適当な諸般の事情を併せて考慮されるべきことはいうまでもないところである。また、人事院勧告の実施についても同様であつて、国家公務員給与の改訂に際しそれが尊重されるべきであることはもちろんとしても、これに拘束されるべきではなく、財政的、政治的その他諸般の事情を併せて考慮されるべきであり、このことは仲裁裁定の実施についても異るべきものではない。そして、以上のことは、被控訴人ら主張のとおり、各関係法令上明らかにされているところである。
(四) そうすると、本件各ストに対する公労法一七条一項の適用をめぐる名古屋中郵判決の意義は、右原判決説示のとおり失われておらず、原判決には、名古屋中郵判決に追従した違法があるとの控訴人らの主張は、採用の限りではない。
二 よつて、原判決は相当で、本件各控訴は理由がないから、いずれも棄却し、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 宮本勝美 早井博昭 上野利隆)
別紙(一)ないし(三) <略>
別紙(四)
年度
昭和56年度
昭和57年度
昭和58年度
昭和59年度
企業別
夏期
年末
年度末
計
夏期
年末
年度末
計
夏期
年末
年度末
計
夏期
年末
年度末
計
国鉄
1.9
2.5
0.4
(0.1)
4.8
(0.1)
1.9
2.44
(0.06)
0.24
(0.26)
4.58
(0.32)
1.82
(0.08)
2.39
(0.11)
0.3
(0.20)
4.51
(0.39)
1.82
(0.08)
2.35
(0.15)
電々
1.9
2.5
0.69
(0.01)
5.09
(0.01)
1.9
2.5
0.67
(0.03)
5.07
(0.03)
1.9
2.5
0.7
5.1
1.9
2.49
(0.01)
専売
1.9
2.5
0.69
(0.01)
5.09
(0.01)
1.9
2.5
0.67
(0.03)
5.07
(0.03)
1.9
2.5
0.7
5.1
1.9
2.49
(0.01)
郵政
1.9
2.5
0.59
(0.01)
4.99
(0.01)
1.9
2.5
0.575
(0.025)
4.975
(0.025)
1.9
2.5
0.58
(0.02)
4.98
(0.02)
1.9
2.46
(0.04)
林野
1.9
2.5
0.49
(0.01)
4.89
(0.01)
1.9
2.44
(0.06)
0.33
(0.17)
4.67
(0.23)
1.82
(0.08)
2.39
(0.11)
0.39
(0.11)
4.6
(0.30)
1.82
(0.08)
2.35
(0.15)
印刷
1.9
2.5
0.49
(0.01)
4.89
(0.01)
1.9
2.5
0.48
(0.02)
4.88
(0.02)
1.9
2.5
0.48
(0.02)
4.88
(0.02)
1.9
2.46
(0.04)
造幣
1.9
2.5
0.49
(0.01)
4.89
(0.01)
1.9
2.5
0.48
(0.02)
4.88
(0.02)
1.9
2.5
0.48
(0.02)
4.88
(0.02)
1.9
2.46
(0.04)
注<1> 昭和57年度の夏期・年末手当は、旧ベースのまま据え置き
<2> 昭和58年度の夏期・年末手当は、旧ベースのまま据え置き
<3> 昭和59年度の夏期手当は、旧ベースのまま据え置き
<4> ( )書は、削減率で、仲裁不実施分は、含まない